ラブソング

「みなさんと出会えたから…今の時代が一番いいに決まってるじゃんね」 と、かっこよく彼は言ってサングラスを外して大げさに涙を拭ってみせたけど、きっとあれは本当に涙が出たんだろうとわたしは知ってる。カラオケによく行くようになって、歌やことばは聞く以上に、発するときのパワーが大きいと知っている。
7/13 前野健太ソロ・ライブ "宵っぱりの次男坊烏"@青山月見ル君想フ。聴きたかった「SHINJUKU AVENUE」、「今の時代が一番いいね」って歌。そうは思えなくなってきましたよね、と話した後に冒頭の台詞。「ラブソング」というタイトルの、東京へのさよならの歌。「東京2011」「東京の空」「トーキョードリフター」なんて曲たちがあり、東京に憧れ、東京に住み、この都市を歌ってきた彼が東京の真ん中で歌う、東京へのさよならソング。「隣で応援してたかった」なんて。彼が住んでいる新宿のオフィス街は、夏になると一斉にエアコンがかかるから暑くなるんだって。「もう東京には…住めなくなってきたなって思いますよね」と話していた。東京の実家に住み東京を出たいんだと語る友人のことを想った。
SEもなくふっとステージの裾から出てきて歌い始めるまで、なんだか口元がにやにやしてて、それはきっとこれからライブを始める・始まるのが嬉しかったのだろう。冒頭の"動物園の馬のにおい"の新曲から宇宙の外側は氷だから"君が必要なんだ"と叫ぶ歌。歌は変わってきましたね、と話す。TAKASEや文芸坐が登場する池袋が舞台の「モノクロのカレーパン(仮)」。新曲を7曲くらいずうっと歌って、その後歌謡曲のカバーを何曲も。石橋英子作曲で彼が歌詞を書いた「幼い頃、遊んだ海は」、月が出てくる詩を読み、月を歌った昔の曲を。青山月見ル君想フのステージの後ろにでっかく映される満月のその前で、パーマみたいなくせ毛とダンヒルのサングラスと、黒地に緑の葉と赤いハイビスカスが派手にプリントされたイケてるシャツを着てテレキャスを持って「花のように鳥のように」を歌う姿は、なんだかカタギの人じゃあなかった。
自分の曲はほとんどリクエスト制で、「コーヒーブルース」や競馬をモチーフにしたブギウギ、「友達じゃがまんできない」はもっと多くの人に聞かれてほしいラブソングの名曲だし、「海が見た夢」「ヒマだから」「わたしの怒りとは」。
楽譜台に立てたファイルの中を、ある、ある、ない、と探しながら結局歌詞カードはなく、歌い始めた「興味があるの」。突然サングラスを外すとずうっとサングラスの顔を見ていたわたしも露わになるその素顔になんだか恥ずかしかった。そこはひとつのハイライトで、その歌や感情がかたちとなって、手のひらで掴めそうだった。官能的な照明とリバーブを求めて「ファックミー」、最後には自分にあたるライトも消してしゃがみこんで、みんな目前の満月を眺めながら聞いた「ダンス」。
アンコールではサングラスとシャツを着替えて、「カーテンからもれるわたし」、と始まる「プッシーキャット」、「love」、オフマイクで「豆腐」、そして「鴨川」。このときも途中でサングラスを外して、客席に向かって、それぞれの人に視線を一瞬だけあわせてそらすような不器用なコミュニケーションと歌。それでも、新曲やカバー曲を経て歌い始めた、彼が作った彼の歌は、SSWであり自作自演であっても一番饒舌だった。ステージに上がって歌う前野健太は素敵だった。
歌を作るのは芸術療法みたいなもので、塞ぎ込んだときに作るとすっきりして、彼にとっては薬で、たぶんこれからも音楽は続けていくだろう、と。お客さんは、彼のそういう病気に付き合ってくれてるものなんじゃないかと。土曜日に観た麓健一もこれからも音楽は続けていくでしょうと同じことを話していて、病気に付き合ってくれてるなんて言われちゃうとちょっとさみしかったけど、でもそう言われても、わたしはまた彼の音楽を聴きに行くだろう。わたしが前野健太麓健一を聴き始めて好きになったのは二人とも、大学に入った年の2008年、7年も前からで、でもこうやって年に何回かは聴きに行くのだから、わたしはどうしても好きなのだ。わたしも彼等も少しずつ変わっていく。人が作る音楽はその人自身ではないし作品としてあるものだと思っていたのだけど今は、彼等のことが好きで、そうやって愛するものがあるということはわたしにとって希望だ。
7/11はFMおだわら「象の小規模なラジオ」presents“象の小規模な音楽会”へ@阿佐ヶ谷Next Sunday。麓健一は5月に豊田道倫とのツーマンで観た時よりかは安定し、開かれていたように思えた。新曲で鳴らされるコードは非の打ち所がないほどに美しく。「ふさがれた道をどう行けばいいの 知恵を出さなきゃ」というようなことばは他の新曲にもあって、そのような状態にいるのかなと案ずる。"ヘキサゴン"の歌を聴くとわたしは、喫茶店のバイトでケーキの型の底に置く、円形のグラシン紙をたくさん切り取ったことを思い出す。「友達は季節に咲く花。のように違ってきて。考え方が。」と、七針にて漏らしていたそのことばは美しかった。
そのイベントで初めて聴いた河合耕平さんの音楽がとてもよかった。長年温められ育てられてきた年月を感じさせない、気取らないシティー・ポップ。「衛星のしらせ」という曲に一目惚れし、CDを購入して帰った。

10歳かもっと上、の歳の男の人たちが、あるキャラクターに自分を当てはめようとすることについて考える。そのくらい生きた時には、自分の生き方や性質が簡単に変わらないことがいよいよわかって、個人をわかりやすいキャラクターに沈めて他人に認知してもらったり、おどけてみせたりしたくなるんだろうか。そうしないとアイデンティティーが保たれにくくなるのだろうか。わたしにはそれってもったいないことじゃないかと思えるのだけど。
yumboの仙台ワンマンライブは、寸前まで迷っていたのだけれど諦めてしまう。日曜日、20時台のCOCONUT DISKへ行ったらyumboの「かものはし」が店に一人居た店員さんのためにかかっていてうれしくなり、少しだけ話をした。
・アラサーになるにあたり「まっとうに生きていればいつか」という私のタラレバと希望的観測